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トルコ

2007.02.09  【文明の十字路・エキゾティックな国トルコ】

後世に伝わる串本町民の救助

メルハバ!(トルコ語でこんにちは)
コックス・アンド・キングス・ジャパンでトルコの営業・手配を担当しているジェムです。

1889年(明治22年)7月14日、2400トンの木造船「エルトゥールル号」がイスタンブール港を出航しました。乗船していたのはオスマントルコ帝国海軍大臣の娘婿、オスマン・パシャ将軍をトップとする使節団607人。船はダーダネルス海峡を通りインド・ボンベイ、シンガポール、香港、台湾を経由して11ヶ月かけ翌1890年6月7日、新横浜港に入港します。
使節団は6月13日、明治天皇に拝謁し、トルコ皇帝からの勲章をはじめ数々のプレゼントを贈ります。日本とトルコの友好のきずなが深まりました。
使節団が派遣されるに至るには、前段があります。1887年、天皇の甥に当たる小松宮彰仁親王・同妃が1年間、ヨーロッパを訪問しました。その時、

イスタンブールにオスマントルコ帝国宮殿を訪ね、アブデュル・ハミト2世皇帝に明治天皇からの勲章と親書を渡します。エルトゥールル号の使節団は、答礼として派遣されたのです。
使節団は9月15日、横浜港を出航して帰国の途に就きます。ところが87時間後、台風による暴風雨でエルトゥールル号は和歌山県串本町大島沖で遭難します。船齢25年の木造船だったことが暴風雨に耐えられなかった一因とも言われています。
串本町民は必死に救助に当たり69人が助かりました。生還者は明治政府が金剛、比叡の2隻の軍艦で送り、12月25日イスタンブールに着きます。
帰国した使節団は日本のこと、特に串本町民の献身的な救助活動を伝えます。そのつながりが発展して 串本町大島にはトルコ博物館があり、記念碑が建てられています。また、黒海沿いのヤカケント、地中海沿いのメルシンの両街が串本と姉妹提携を結んでいます。
この出来事や日露戦争で大国ロシアを日本が破ったことが、トルコ人の日本への尊敬と親愛を深めました。