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パキスタン

2007.03.23  悠久の歴史、壮大な自然美、そして癒し

ラホールは、パキスタン北部のパンジャーブ地方、ラーヴィー川の岸辺に位置するインドとの国境付近にある都市。面積1,772 km2,人口は514万人 (1998年のセンサス)。人口ではパキスタン第二の都市で,ムガル帝国のめくるめく遺産を多く残しているため、「ムガルの庭園」「庭園都市」などと称される。

豊かな歴史を誇り、ムガル帝国時代や植民地時代の建築物は往事の輝きを留めたまま保存されている。ムガル帝国時代の建築物には,パードシャーヒー・モスクやラホール城、シャーリーマール庭園、ジャハーンギールとその妃ヌール・ジャハーンの廟などがあり、観光客に人気の場所となっている。英国によって建設された植民地時代の建築物であるラホール高等裁判所、中央郵便局 (GPO)、またそれ以前から残る多くの大学もムガル・ゴシックスタイルを今日に留めている。

パンジャーブ語がラホールでは最も広範に話される言語であるが,ウルドゥー語や[英語]も特に若い世代には普通に用いられる。ラホールのパンジャーブ語話者は、特に「ラホーリー・パンジャービー」として知られ、ウルドゥー語で話していてもパンジャーブ語が混じったような混成的口語を話すのが特徴的である。2006年のセンサスによれば、ラホールの人口は1千万に達すると推定されている。パキスタンではカラーチーに次ぐ第二の都市となる。また,ラホールは南アジアで5番目に大きな都市で,世界でも23番目の規模の都市となる。


[歴史]
11世紀にガズニ朝に征服され、そのガズニ朝が、1150年に、ゴール朝にカンダハール付近の戦いで敗れて、首都ガズニを占領されるとこの町に遷都した。しかし、1186年にガズニ朝はついにゴール朝に滅ぼされた。1241年にモンゴル軍によって破壊され、略奪を受け、1398年にもティムールによって、再び破壊された。

ムガル帝国の第3代皇帝アクバルによって現在のラホール城が建設された。ラホール城はアクバルの後継者のムガル皇帝たちによって増築された。うち、「40柱の間」と呼ばれるディーワーネ・アーム(公謁殿)は、5 代皇帝シャー・ジャハーンによって築かれたもので、歴代のムガル皇帝が「臣民」の拝謁を受け、彼らの請願を聞いたり、訴訟の解決に当たったりしたという。

また、シャー・ジャハーン帝は、1642年にシャーリーマール庭園を築いた。現在は、市内に組み込まれているが、当時は市街から8kmほど郊外にあったという。『クルアーン』が描く天上の楽園の現世における実現を意識して造営されたという。

 

1673年には、アウラングゼーブによって、パードシャーヒー・モスクが築かれた。これは、ラホールのジャーミー・マスジド(金曜モスク)として造られたもので、インド亜大陸の4大モスクのひとつと言われる。ラホール城とシャーリーマール庭園は、1981年に世界遺産に登録されている。