旅は人生なり
魅力ある国の旅情報
チュニジア
2007.04.13 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
スフェトゥラ遺跡(スベイラ)
ケロアンの南西約100kmにある、チュニジアに残るいちばん新しいローマ遺跡、大廃墟都市スフェトゥラ(当時の名称)。というのも、7世紀の半ば、ビザンチン帝国(ローマ帝国が東西に分裂してできた東ローマ帝国の別名)によってスフェトゥラの拡張工事がなされてすぐに、ビザンチン軍はイスラム教の布教を目的としたアラプ軍にチュニジアから追い出されたからである。当時のビザンチン帝国のチュニジアでの最高責任者ダレゴアールが、帝国の首
都コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)からの独立を宣言し、自らを皇帝と名乗りスフェトゥラに首都を筆いた数か月後のことだった。2万人を越えるアラブ兵がスフェトゥラの市街地を襲撃、ダレゴアールは処刑され、都市は略零しつくされた。チュニジアでのビザンチン時代はこの地で終決し、新たにアラブ時代がはじまったのだった。
・凱旋門
スベイトラからを北上する途中、右手の荒野に突然現われるのがこの凱旋門。かつてのスフェトゥラヘのメイングートだったところだ。
・大浴場
スベイトラは、現在でも冬が来るとまれに雪が降る。体を温めるという意味でも、大浴場は重宝されていたことだろう。ここにはサウナのようなものも完
備され、冷え性のローマ人にもたまらなかったという。ただし、今では破損が激しく、大浴場はその原型をほとんど留めていない。
・劇場
大浴場の裏手、スフェトゥラの川を見降ろす崖淵にある。
3世紀に造られたものだが、現在崩壊が激しくオーケストラ席やいくつかの円柱を除いては原型を留めていない。
・神殿群
フォーラム(公共広場)、そして神殿群への入口となるのが、それらの南東側に気高くそびえ建つアントニウス・ビヌスの門。これは139年、皇帝アントニウス・ピヌスとその2人の息子に捧げる目的で造られたものだ。門をくぐると2列の円柱が立ち並ぶ石畳のフォーラムが現われ、その前方には左からミネルバ、ジュピター、ジュノがそれぞれ祀られた3つの神殿が気高くそびえ建って
いる。ビザンチン時代、フォーラムの周囲は壁(要塞)で強化されたが、神殿群はその壁の一部(辺)として使われたよう。だ。今では廃墟と化したフォーラムだが、神殿群から放たれるのか、神聖な空気が静寂の中をゆらゆらと漂っている。
・ペラトール聖堂、ジュクンダス礼拝堂
ベラトール聖堂は、4世紀初頭の建立。ローマ時代以前にあった宗教的建
造物を土台に建てられたという。隣にはジュクンダス礼拝堂と呼ばれるチャペルがあるが、これは5世紀まで洗礼堂として機能していた。後に、バンダル人に処刑されたカソリックの司教、ジュクンダスヘの敬意を表し、チャペルに転用されたようだ。
