魅力ある国の旅情報

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ネパール

2007.04.23  壮大な大自然とそこに住む人々の透き通った瞳

スワヤンブナート(カトマンドゥ)

 町の西郊2km、緑に包まれた丘の頂上に、自いストゥーバが見える。カトマンドゥ盆地がまだ湖だった頃から丘の上に建っていたという伝説をもつ、スワヤンブナート寺院だ。タメル近くのチェトラバティ交差点から西へ、ヴィシュヌマティ川を越えてのんびりと歩きながら丘の上を目指そう。森を抜けて参道の石段を上りきれぱ、ストゥーパの正面に出る。ここには巨大な金剛杵が安置されている。金剛杵とは無明を打ち砕く雷で、真言宗でも使われる密教の法具である。金剛杵に面したストゥーバの側壁に、密教の本尊仏、大日如来(毘廬遮那仏)像が安置されている。大日如来はスワヤンプナートの開基に深いかかわりがあり、それは伝説として、人々の間にこう語り継がれている。


太古、神々のおわすヒマラヤの麓に、青空を映して輝く大きな湖があった。その湖の真ん中の島に咲く蓮華から、あるとき、大日如来が姿を現した。その頃、中国の五台山にいた文殊菩薩は、チベットを経てインドヘ帰国の途につこうとしていた。しかし、旅の途中でヒマラヤの湖の不思議を知った文殊菩薩は、大日如来に敬意を表すためにこの地に足を向けた。土地の人々が湖に住む大蛇の悪行に苦しめられていることを聞いた文殊菩薩は、携えていた利剣でチョバールの山を切り開いた。怪物は湖水とともに消え去り、人の住める肥沃なカトマンドウ盆池があとに残った。
文殊菩薩は、小高い丘となった島の上に大日如来への奉納としてストゥーパを建立し、後にゴータマ・シッダールタとして生まれ変わる大日如来を万物の創造者として称えたという。

伝説というのは、往々にして事実を含んでいるものだ。カトマンドゥ盆地がかつて湖であったことは、近年の地質学の研究によって証明されている。盆地南部のチョバール村付近の山が崩壊し、この地域の水系が激変したことは伝説のとおり。しかし、それが起きたのはおよそ3万年前のことだ。土地の人はどうしてそれを知ったのだろうか。もしかしたら、大日如来がこの地に現れたことも、本当のことかもしれない。カトマンドゥでこの伝説を疑う人は誰もいない。なにしろ、さまざまな伝説に彩られたブッダの誕生だって、この国の歴史上のことなのだから。
寺院の開基が伝説のとおりとすれば、スワヤンブナートはいわぱヒマラヤ最古の寺院。境内から、盆地を一望できる眺望を楽しむときには、いにしえの人々の信仰心にも心をはせてほしい。冬の早朝、カトマンドゥはよく霧に覆われるが、そんな日にスワヤンブナートに上ると、盆地はすっかり霧の
湖の底。伝説の湖の様子が、町の人々が知らない間に毎朝再現されているのだ。日が昇って空が真っ青になると、霧は夢のように消えてしまう。
境内を散策するときは、ストゥーパを時計回り(右回り)に歩こう。仏教経典には、ブッダに対して弟子か右肩を向けて尊敬の念を表すシーンがよく描かれている。右回り、というのは原始仏教以来の作法なのだ。
歴史を積み重ねてきた寺院らしく、境内にはいろいろな建物がある。ストゥーパの手前両側にはインド・シカラ様式の仏塔が建っていて、スワヤンブナートに独特の印象を与えるデザイン上の要素となっている。また、ストゥーパの右手にはチベット仏教カギュ派のゴンパ(僧院)、背面には1階が吹き抜けになっている巡礼宿と木造の小さなハリティ寺院がある。巡礼宿前にはヒンドゥー教の女神ガンガとヤムナーの像があり、ネパールの宗数的多面性がうかがえる。
文殊菩薩が建立したとされるこのストゥーパには、その後マウリヤ朝アショーカ王が礼拝に訪れたと伝承されている(残念なことに史実的には否定されている)。スワヤンブナートは13世紀までにカトマンドゥ盆地で最重要な仏教聖地となり、15世紀のイスラム教徒侵入時に大被害を受けたが再建され、20世紀後半には中国の武力侵入で故郷を追われたチベット人たちが周辺に住みつくようになった。しかし、いつの時代にも、ストゥーパに描かれた「四方を見渡すブッダの智慧の目」は、常に変わることなく世界を照らしている。