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トルコ

2007.05.11  【文明の十字路・エキゾティックな国トルコ】

アリストテレスがアソスに開設

メルハバ!(トルコ語でこんにちは)

コックス・アンド・キングス・ジャパンでトルコの営業・手配を担当しているジェムです。

アリストテレスは、ソクラテス、プラトンと並ぶギリシャの大哲学者ですね。三段論法で有名なアリストテレスは、17歳でアテネに行きプラトンのアカデミア(学校)に入ります。20年間師事したプラトンの死後、






アリストテレスは小アジアの一地方の王ヘルミアスに招かれ、トルコにやってきます。
ヘルミアスがアリストテレスを招いたのは、アテネのような学校を作ってほしいとの願いからでした。アリストテレスはヘルミアスの要望を聞き入れ、アソスの町に学校を開きます。ギリシャの大哲学者が始めて造った学校は実はトルコの町だったのです。
アソスはエーゲ海沿いの小さな港町。イスタンブールとイズミールの中間にあります。今は、人口1000人ほどの静かなリゾート地です。
ここはエーゲ海に沈む美しい夕陽が有名です。アリストテレスもこの夕陽を見ながら思索を重ねたのかもしれません。燃える炎が静寂の紫に吸い込まれていく天空の変化。アソスは人生を観照するにふさわしい地といえます。
さて、アリストテレスはアソスには3年間しか滞在しませんでした。アレキサンダー大王の父、マケドニア王のフィリップ2世から息子の教育を頼まれマケドニアに赴くことになるのです。紀元前343年のことです。
当時13歳のアレキサンダーは、アリストテレスをしとして学問に励みます。大王の人格形成にはアリストテレスが大きな役割を果たします。アレキサンダーは父フィリップ2世の死後、アリストテレスをアドバイザーに任命し、アテネに学校を設立します。
ヨーロッパ、アジア、アフリカにまたがる大帝国を築いたアレキサンダー大王は、紀元前323年に死去。大王の庇護(ひご)を受けていたアリストテレスは、反マケドニア派の追求を受けアテネを離れざるを得なくなり翌年、失意のうちに死を迎えるのです。
アリストテレスの晩年は寂しいものでしたが、私たちトルコ人には初の学校を造った偉人として慕われています。