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トルコ

2007.08.17  【文明の十字路・エキゾティックな国トルコ】

改革実現、近代国家建国の父

メルハバ!(トルコ語でこんにちは)
コックス・アンド・キングス・ジャパンでトルコの営業・手配を担当しているジェムです。

今回は近代トルコ建国の父ケマル・アタチュルクの話をしたいと思います。日本の教科書ではケマル・パシャと紹介されているかもしれません。トルコ語でアタは父、チュルクはトルコを意味します。文字通り「トルコの父」。アタチュルクの治績がなければ、

近代トルコの誕生はなかったかもしれません。
20世紀初頭、オスマントルコ帝国は欧州各国に領土を分割され、衰微の一途をたどっていました。当時の皇帝は外国の支配下に入ってもいいと考える無力な人。軍人だったアタチュルクは、外国に支配される祖国を開放しようと黒海沿いのサムスンという町で真の独立を求め、挙兵します。第一次世界大戦の翌年1919年5月19日のことです。
アタチュルク率いるトルコ軍は欧州各国軍と3年間戦い続けます。そして22年。ギリシャ軍を破ったことをきっかけに各国と停戦協定を結び、トルコの平和を回復します。その翌年の23年10月29日、オスマントルコ帝国が滅び、トルコ共和国が成立。アタチュルクは選挙で大統領に就任します。
アタチュルクの偉大さは独裁支配に陥らず、トルコを民主主義共和国に導く改革を矢継ぎ早に実現したことです。例えば男女同権は26年、当時最も進歩的といわれたスイスの法律に習い実現します。それ以前は聖典コーランに基づくシャリーア(イスラム法)で女性の権利が制限されていました。
女性参政権は日本よりは約30年に確立します。37年には政教分離を宣言します。イスラム教国で初めてのこと。現在でも宗教が政治をコントロールするイスラム教国がある中で、トルコの近代国家への歩みは政教分離政策に負うところが大きいといえます。
アタチュルク革命を成し遂げた建国の父は、38年57歳の生涯を閉じました。