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トルコ

2007.08.24  【文明の十字路・エキゾティックな国トルコ】

功績を称え、名を冠した病院や学校も

メルハバ!(トルコ語でこんにちは)
コックス・アンド・キングス・ジャパンでトルコの営業・手配を担当しているジェムです。

1820年イタリアに生まれた英国人フローレンス・ナイチンゲールは、赤十字の生みの親であり、クリミア戦争で負傷した兵士の看護でも名を知られていますね。そのナイチンゲールはトルコにも縁が深いことを知っていましたか。
裕福な家庭に生まれたナイチンゲールは、哲学や数学など当時の女性としては珍しい高等教育を受けます。そんな彼女が

一念発起して看護婦になりたいと決意したのは49年のことです。英国で医療や看護、病院の運営などの教育を受けた後、エジプト・アレクサンドリアのカトリック系病院で働き始めます。
ロンドンに戻っていた彼女の運命を変えたのは、53年、トルコとロシアの間に起きた戦争でした。南下を目指すロシアに対し、脅威を感じる英仏はトルコを支援。黒海に突き出したクリミア半島で激しい戦闘が繰り広げられました。
戦闘で傷ついた兵士たちはイスタンブールに運ばれ治療を受けます。ナイチンゲールは54年、英国人の30余人の看護婦とともに志願してイスタンブールに赴き、兵士の看護に当たります。
傷病兵は不潔な病院の床にそのまま寝かされ、戦場で生き残っても感染症で殺されるような悲惨さ。ナイチンゲールはそうした状況を無くそうと衛生状態の改善に努めました。その功績が認められ、オスマントルコ皇帝から1000個の金貨を与えられます。さらに英国に帰国後、4万5000ポンドの功労金を支給されたのを加え、看護婦養成校を創設します。
トルコにはナイチンゲールの功績を称え、その名を冠した病院が3カ所あります。また、トルコ最古の看護学校もナイチンゲールの名をとっています。
ナイチンゲールにとってイスタンブールは看護の献身に目覚めた原点の地です。ここにはフローレンス・ナイチンゲール博物館があり、彼女が使っていた机、当時の写真などが公開されています。