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トルコ

2007.09.14  【文明の十字路・エキゾティックな国トルコ】

シルクロードの交易発展を支えた建物
メルハバ!(トルコ語でこんにちは)
コックス・アンド・キングス・ジャパンでトルコの営業・手配を担当しているジェムです。

シルクロード(絹の道)と聞くと、胸が躍る歴史のロマンを感じますね。NHKで放映した数々の場面が、あの悠久を奏でるテーマ曲とともに思い浮かびます。シルクロードの基点は中国・西安、終点はイスタンブール。絹をはじめ東洋の産物は、

中国からラクダの背に乗せられて陸路イスタンブールに運ばれ、そこから主に船運でヨーロッパへと広まっていきました。
11世紀から13世紀にかけシルクロードの交易の発展にとって画期的な施設が造られました。イランからアナトリア(トルコ)、シリアに至る帝国を築いたセルジュクトルコが設けた隊商宿(キャラバンサライ)です。キャラバンはラクダの隊商、サライは建物や宮殿を意味します。
高価な品物をラクダの背に積みシルクロードを行く商人たちにとって、何よりも欠かせないのは行路の安全でした。特に夜は、しっかりと守られた場所で休みたいと思っていました。
隊商宿は、ほぼ40キロに1ヶ所、全部で100ヶ所以上も造られました。門は一ヶ所で高い壁に囲まれていました。夜は門が閉ざされ、見張りの兵が警戒に当たりました。
隊商宿のユニークなところは、宿費も食事も全てが無料だったことです。しかも獣医がいてラクダの世話をしてくれました。商人たちは蒸し風呂で汗を流し、靴修理もしてもらいました。
なぜ、それほどの厚遇が与えられたのか。それはシルクロードの交易が栄えるほど国が豊かになるからでした。商人たちは東洋の品を運んでくるだけではなくトルコの品々も中国へと持ち帰り、貿易が飛躍的に伸びる力になったのです。
シルクロードの交易は、海路が開かれる15世紀には廃れていきます。隊商宿も次第に使われなくなり、崩れていきました。現在は、保存状態の良い数ヶ所が博物館になっているほか、ホテルやレストランに改装されたり、ディスコになったりして残っています。