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トルコ

2007.12.21  【文明の十字路・エキゾティックな国トルコ】

コンスタンチヌス帝が変更

メルハバ!(トルコ語でこんにちは)
コックス・アンド・キングス・ジャパンでトルコの営業・手配を担当しているジェムです。

サンタクロースはトルコ生まれの聖ニコラの伝説がもとになったという話を以前しました。今回の話題は5日後に迫ったクリスマスです。
クリスマスはキリストの誕生日とされていますが、

バイブルにはキリストの生まれた日の記述はありません。では、25日はどんな日なのかというと、ローマ帝国時代に広く信じられた多神教パガニズムの太陽神(ミトラ)の誕生日なのです。
ミトラはもともとペルシャの太陽神でした。それをローマ人が移入したのです。
ローマでは12月17日から24日までの1週間を農業神サトゥルンの祭りとしてお祝いをしていました。農業神の祭りが終わった翌25日を太陽神の誕生日として祝うのは農業が太陽の恵みに依存しているからなのでしょう。
4世紀、ローマ帝国にコンスタンチヌス帝が君臨しているころです。それまで優勢だったパガニズムに代わりキリスト教徒が増えてきました。コンスタンチヌス帝はパガン教徒とキリスト教徒の融和を図ろうとそれまで1月6日とされていたキリストの誕生日を12月25日に変え、ミトラの誕生日と結びつけたのです。両教徒を満足させようと政治的配慮を働かせたのですかね。
パガニズムでは、1週間の祭りの間、常緑樹の松に明かりをともしドアにリース様の飾りを付けたりして祝いました。親しいもの同士がプレゼントを交換することも行われていました。そうした習慣はクリスマスツリーやクリスマスプレゼントに引き継がれています。
さて、25日がキリストの誕生日ではないことに気づいた16世紀のイギリスでは、一時クリスマスを祝うことが禁止されました。現在でもアルメニア教会だけはキリストの誕生日を25日とは認めず、従ってクリスマスのお祝いもしていません。まあ、日本では子供はプレゼントをもらって喜び、大人は出費がかさんで嘆く日かもしれません。