魅力ある国の旅情報

旅は人生なり

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モロッコ





2007.03.27  異邦人の体感

ハッサン国王王宮
現国王ハッサン2世とその家族が住む王宮。1864年に建てられた。白い壁に緑の屋根がひときわ鮮やかな建物。入口まで見学可能。
金曜日には祈祠のために近くのアルファ・モスクMosquee al Fasへ行く国王のパレードが行われる。





2007.03.27  異邦人の体感

ハッサンの塔
ムハンマド5世の霊廟と同じ敷地内にある未完のミナレ
ット(尖塔)。1195年にムワッヒド朝のヤーコプ・マンス
ールがモスク建設に着手したが、彼の死亡により工事は中
断。実際は高さ88mになるはずだったが、未完でも44mあ
る塔はスペイン・セビリアのヒラルダの塔(93m)、マラ
ケシュのクトゥピア(67m)に次いで、世界第3位を誇っ
ているが、残念ながら今は上れない。ムーア様式の代表的
な建築物である。





2007.03.27  異邦人の体感

ムハンマド5世の霊廟
フランスからモロッコの独立を勝ちとった前国王ムハン
マド5世の霊廟。1961年に没後、1973年に完成した。モロ
ッコの伝統的な建築技術と彫刻が美しく調和した傑作だ。
霊廟の4つの入□と廟内の4隅には、真紅の衣装をまと
った衛兵が立っている。廟内はとてもきらびやか。とくに
天井のステンドグラスのような金色のランプと白い石の棺
 が美しい。中央の石棺がムハンマド5世のもので、角の石
棺はムーレイ・アブドゥラー王子(ハッサン2世の弟で
 1983年に死去)のもの。





2007.03.27  異邦人の体感

メナラ庭園
12世紀のムワッヒド朝時代につくられた広大な庭園。中央に貯水池があり、そのまわりをオリーブの林が囲んでいる。
貯水池に面しているパビリオンは、19世紀に修復されたもので、スルタンたちのデートスポットでもあったという。
アトラス山脈を背景に、池に美しく映える。ここから見わたすと、オリーブの林が地の果てまで続くかと思われるほど、たくさん植えられている。





2007.03.27  異邦人の体感

バイヤ宮殿
大邸宅の周囲に広大な庭園をめぐらし、・豪華な個室が並んでいる。愛妾用の会議室と個室には、彩り鮮やかなタイルが張られ、アトラスシーダー材の天井には細密画が描かれている。壁や柱の彫刻もみごと、アルハンブラ宮殿に負けない芸術作品だ。奥には、広くて明るい中庭がある。周囲の建物は、4人の妃と24人の側女たちの部屋だったというが、見られるのは、息子たちが勉学したという部屋とその隣の祈り部屋だけ。左にぬけると、美しいムーア式の庭に出る。ここは、女たちだけに開放されていたという。
最後の大広間には、大理石が敷かれ、噴水のある水盤が涼しげな印象を与える。部屋を仕切るアーチの形にもムーア式、アラブ風と、いろいろな形があり、建築家のこだわりがうかがえる。
ここは時々、ハッサン2世国王が宿泊するだけあって、まさに"輝く宮殿"。ぜひ訪れてほしい。





2007.03.27  異邦人の体感

サアード朝の墳墓群
サアード朝(1554~1659年)の代々のスルタンが葬られている大廟墓群。入場料を払って帽1mほどの狭い通路から中に入る。本来はモスクのほうから入る道があったのだが、アラウィー朝のムーレイ・イスヌイルが道と墓廟を壁で囲んでしまったため、1917年に空から発見されるまで、その存在は隠されていた。
廟には3つの部屋があり、それぞれ、コーランの一節や幾何学模様の美しい装飾が施されている。

第1の部屋入ってすぐ左の'ミハラーブの間'は、ミハラーブ(メッカの方向を示す壁のくぼみ)がある礼拝堂。
第2の部屋'12円柱の間'は、3つの中でもっとも荘厳な雰囲気をもつ。目を見張るほど色鮮やかなモザイクタイルが壁面を飾り、イタリア産の12本の大理石の柱が、木や漆喰のデ
コラティブなアーチを支えている。中央の一番大きな薦が、サアード朝の黄金王アハメド・アル・マンスールの墓だ。
第3の部屋'3つのミハラーブの間'には、アル・マンスール王の子供たち、母后ララ・メッサウダをはじめ、サアード朝の王族たちの墓が安置されている。





2007.03.27  異邦人の体感

ジャマ・エル・フナ広場
夕方になると、屋台が次々とでき始め、いったいどこからわいてくるのか、ワラワラと人間が集まってくる。
そこここで大道芸が行われ、円い人だかりの輪ができる。さながらお祭りの日の興奮と賑わい。しかしこれが毎日深夜1時頃まで続く、というのだからすごい。このジャマ・エル・フナあってのマラケシュ。いやモロッコ旅行で最大のお楽しみがこの広場に詰まっているといってもいいだろう。
小腹が空いたら屋台でカバプをつまみ、お祭り気分でこの人だかりの輪"フ ナの輪めぐり"を楽しもう。宵のうちは、アクロバット芸やベルベルダンス、火吹き男、ヘビ使いなどが目立ち、その間を水売りが行き来している。夜が更けると、音楽生演奏を取り囲む輪が多くなる。新しいところでは、釣りざおのようなものでビンを捉えるゲームのようなものが流行っていた。ほかにも講釈師、ヘンナ描き、入歯売り、ガラクタ売りなどあらゆる出店がどこからともなく出現する。観光客がフナの輪に近寄るやいなや、芸人たちはすぐにチップを要求してくるのがやっかいだが、ま
あ、楽しめたらチップをはずんでも悪くない。
そもそもジャマ・エル・フナとは'死者たちの広場'を意味する。かつて公開処刑場だったというが、今では'ジャマ・エル・ファナーヌ、(芸術家たちの広場)'と呼ぱれている





2007.03.27  異邦人の体感

ウダイヤのカスパ
メディナから抜け出た広い空間にくっきりと浮かびあがる、赤茶色いカスバ。アル・ムワッヒド朝に築かれた城壁を利用して、17世紀にムーレイ・ラシッドによって建造さ
れた城塞だ。18世紀に気性の荒いウダイヤ・アフブ族の軍隊をここに駐屯させたことから、この名がついた。
カスバを囲む城壁のかつての門、ウダイヤ門Port desOudaiaは、ムワッヒド朝時代、ヤーコブ・マンスールによって建造された。ク一フィーヤという絵のようなアラビ
ア文字でコーランの字句が刻まれている。

ウダイヤ庭園
スペインにあるアルハンブラ宮殿に似たつくりで、噴水や池や草花の間に歩道があり、耳をすますと小鳥のさえすりが聞こえる。ムーア風のカフェは庭園の東側にある。蔦の下にテーブルと椅子が置かれている。

 

 





2007.03.27  異邦人の体感

ヴォルビリスの考古遺跡
モロッコに現存する最大のローマ遺跡。
イスラムー色に染まっているモロッコにおいて、違和感すら感じられるほど珍しいキリスト教世界の遺物だ。ムーレイ・イドリスの丘の麗から北西3.5km、広がる野原と畑の中にぽっかりと出現する。40ヘクタールという広大な敷地に、見事なまでに残っている遠い時代の町の光景は、イタリアやトルコ、・ギリシャの遺跡をさんざん見てきたという人にとっても、新たな感動を与えてくれるはずだ。

 

 





2007.03.27  異邦人の体感

マリーン朝の墓からの景色
メディナの北、城壁の外の小高い丘に、マリーン朝のスルタンたちが埋葬されている墓地がある。かつては、大理石の見事な墓碑が並んでいたという。今は壁の一部分が残
るだけの遺跡である。
墓地自体は遠くからでも眺められるが、時間があればここまで上ってみてほしい。ここはフェズで一番高い場所、ここからは町の全景が見下ろせるのだ。町の中にある800近くものモスクがずらりと眼下に並ぶ。この「箱庭」のようなメディナの中をゆったりとうごめくモロッコ人たちの姿が、目に浮かんできて、不思議な感慨に襲われる。





2007.03.27  異邦人の体感

ダッバーギーン(タンネリ)
フエズ川のほとりにあるなめし革染職人街。フランス語ではタンネリといい、こっちのほうが通じやすいだろう。
円い染色桶が並ぶ作業場では、中世そのままに手仕事で革を染め付けている様子を見ることができる。染め上がった革はまわりの壁に張り付けられ、茶色の壁と、赤や黄色の鮮烈な染色革のコントラストがなんともいえない。
作業場の屋上からは、フェズ川の東のアンダルシア地区とアンダルース・モスクが見える。





2007.03.27  異邦人の体感

ダール・バトハ博物館
19世紀末、ムーレイ・ハッサンによって建設された宮殿で、現在はモロッコ博物館になっている。館内には古いコーランの装飾品、カラウィーン・モスクにおける最古のクーフィヤ書体などが展示されている。噴水があり、草木が生い茂るムーア様式の庭園は、ジェンナ(楽園)とはこうものだろうと想像してつくったものだと言われている。





2007.03.23  異邦人の体感

カサブランカは、モロッコ最大の都市であり、モロッコの商業・金融の中心地。カサブランカとは「白い家」を意味する。
紀元前10世紀にベルベル人がアンファという地域に定住したのがカサブランカの始まりだといわれている。紀元前7世紀頃にフェニキア人、紀元前15世紀頃にはローマ人と交易が行われていた。7世紀、アンファを中心とした独立国家が形成されたが、1188年にイスラムのアルモハッド朝に支配を受けることとなる。14世紀にはマリーン朝によって大規模なイスラム改宗が行われた。またその頃、港湾が大きく発達した。15世紀になってアンファは再び独立を果たした。アンファの港を拠点とする海賊船がポルトガルやスペインを襲い、1468年、それに怒ったポルトガル人によって焼き払われてしまった。

 

 

 





2007.03.23  異邦人の体感

フェズは「フェス」もしくはアラビア語では「ファース」と表現する、つばなしの円筒形のフェルト帽のフェスは、この町の名前からきている。アフリカ北西端、モロッコ王国北部の内陸都市。かつてマリーン朝などイスラム王朝が首都とした。13世紀から14世紀に発展、多数のモスク、マドラサ、大学などがある。旧市街地(メディナ)は迷宮として著名。






2007.03.23  異邦人の体感

モロッコの南、山脈を越えるとカスバ街道と言われる古い要塞が続く道がある。具体的には砂漠の街ワルザートからオアシスの街ティネリールを通りワルザザードまでの道である。
そのカスバ街道の途中、トドラ渓谷という、まるでグランドキャニオンのような渓谷がある。
途中、右手に映画のような風景を眺めながら渓谷に入って行く。川を渡り、その川沿いのくねくねした道を進んで行くと、道の両側に首を伸ばして見上げないと見られないほどの渓谷がそびえ立つ。
ピンクがかった岩はほとんど真っすぐに天へと向かい、その隙間から青い空が見える。そのコントラストが美 しい。乾ききった岩に挟まれ、その間を流れる川の音が耳に良く聞こえる。





2007.03.23  異邦人の体感

アトラス山脈(アトラスさんみゃく)とはアフリカ北西部、モロッコからチュニジアにかけて東西に伸びる褶曲山脈である。名称はギリシア神話の巨神アトラスにちなんでいる。

 

 

 





2007.03.23  異邦人の体感

メクネスは、モロッコ王国の首都ラバトから東に130km.フェズの西60km.に位置する都市。
城壁に囲まれた都市で、1675年から1728年までアラウィー朝の首都が置かれた。北部には、聖地ムーレイ・イドリスや古代ローマ遺跡で世界遺産に登録されているヴォルビリスの古代遺跡がある。

 






2007.03.23  異邦人の体感

アイト・ベン・ハドゥは、モロッコ王国の都市ワルザザート近郊の集落。ユネスコ世界遺産に登録されている。
アトラス山脈の麓にあり、ワルザザートとマラケシュを結ぶ街道にある。映画「グラディエーター」のロケ地としても有名な場所で、年間を通して多くの観光客が訪れる地となっている。現在も居住している住人が数家族いるが、ほとんどの住民は対岸の住居に移住している。なお、ワルザザード周辺には、ア イト・ベン・ハ ドゥのような「カスバ」が点在している。また、近郊のワルザザートには、ハリウッドの映画撮影所があり、撮影後残されたセットを見学することが できる。





2007.03.23  異邦人の体感

サハラ砂漠(さはらさばく)はアフリカ北部にある世界最大の砂漠。東西5600km、南北1700kmで面積は約1000万km2であり、アフリカ大陸の3分の1近くを占める。サハラとはアラビア語で「荒れた土地」を意味する言葉から来ている。よって英語では、他の砂漠が「○○デザート」という言い方をするのに対し、サハラ砂漠は単に「サハラ」というだけで、「サハラデザート」とは言わない。しかしながら、日本では「サハラ砂漠」という言い方が完全に定着している。なお、サハラ砂漠をアラビア語で言うと「アッ=サハラーゥ=ル=クブラー」となる。





2006.11.11  異邦人の体感

モロッコ王国は、アフリカ大陸の北西に位置し、パリ~ダカールラリーの舞台としても有名で
す。世界一の迷宮都市フェズ、大道芸人の広場を有する古都マラケシュ、さらにカスバ街
道やサハラ大砂漠等が人気です。コックス・アンド・キングスの現地提携会社CARAVAN
VOYAGESは、モロッコ唯一の日本人経営旅行会社として12年以上の実績を持ち、日本人
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