旅は人生なり
魅力ある国の旅情報
チュニジア
2007.04.13 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
マクタール遺跡(マクタール)
フォーラムを中心とする公共の建築群
博物館から、ローマ時代の舗装された馬車道を丘の上まで250mほど上っていくと、左手にトラヤヌスの凱旋門が見えてくる。この凱旋門は、紀元116年にゲルマン人などへの勝利を賛えてトラヤヌス帝に捧げられたもの。その北側にはフォーラムが広がり、北東の角にはマーキュリー神殿とマーケット跡が残っている。
凱旋門から道を挟んだ南側には、5世紀のビザンチン帝国時代に教会に転用されたバシリカがある。円柱やその中央の洗礼所の跡などを今も見ることができる。
ここから未舗装の道を200mほど下ると、2世紀後半に建てられた巨大な共同大浴場がある。これは、カルタゴの共同浴場と並び、チュニジアで最も保存状態の良い浴場のひとつ。内部には円柱、アーチ、床モザイクなどが残っている。
2007.04.13 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
キャピトル(ドゥガ)
古代ローマの都市の中心はやはりフォーラムとそれに隣接するキャピトル。神殿はユピテル(ジュピター)、ユノー(ジュノー)、ミネルヴァの3神を祀るもので、マルクス・アウレリウスとルキウス・ヴェルスの2人の皇帝に挿げられた。階段を上った神殿前面で、地上から8mの高さの柱廊玄関を支えているのは、6本の縦溝の付いたコリント式の円柱。内部の3つの聖室(壁がん)の中央には、当時6mに及ぶ巨大なジュピター像があった。
2007.04.13 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
サハラ砂漠祭り(ドゥーズ)
12月末に砂漠(さばく)でおこなわれるベルベル民族(みんぞく)の伝統的(でんとうてき)なまつりで、けっこんしきのいしょうなどの伝統的(でんとうてき)民族衣装(みんぞくいしょう)をみにつけた人々やキャラバンたいのパレード、らくだレース、野外劇(やがいげき)などのイベントがおこなわれます。
2007.04.13 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
タメルザ渓谷
シェビカを出てタメルザに向かう。シェピカまでは真っ平らな道だったのが、ここからいよいよ山という雰囲気になってくる。山道をくねくねと上ると、タメルザの手前にはピュー・ポイントがある。
2007.04.13 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
スフェトゥラ遺跡(スベイラ)
ケロアンの南西約100kmにある、チュニジアに残るいちばん新しいローマ遺跡、大廃墟都市スフェトゥラ(当時の名称)。というのも、7世紀の半ば、ビザンチン帝国(ローマ帝国が東西に分裂してできた東ローマ帝国の別名)によってスフェトゥラの拡張工事がなされてすぐに、ビザンチン軍はイスラム教の布教を目的としたアラプ軍にチュニジアから追い出されたからである。当時のビザンチン帝国のチュニジアでの最高責任者ダレゴアールが、帝国の首
都コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)からの独立を宣言し、自らを皇帝と名乗りスフェトゥラに首都を筆いた数か月後のことだった。2万人を越えるアラブ兵がスフェトゥラの市街地を襲撃、ダレゴアールは処刑され、都市は略零しつくされた。チュニジアでのビザンチン時代はこの地で終決し、新たにアラブ時代がはじまったのだった。
2007.04.13 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
チュブルボ遺跡(ザグアーン)
まず、遺跡入口からフォーラム方面へ進んでみよう。
途中左手にあるのが製油所。この遺跡から、当時、円形の大きい石でオリーブをつぶし、浴室のようなプールにオイルを溜めていたことがわかる。
ここを過ぎて、左側にある広場がフォーラム。
市の中心となるオープン・スペースで、その3辺を円柱が囲んでいた。残りの北西の1辺はキャビトル。
168年に建てられたこの神殿は、コンモドゥスとマルクス・アウレリウスの2人の皇帝に捧げられたものだ。2m近い高さにある台座の上には、柱廊玄関を支えた8.5mの大理石の円柱だけが残る。また、神殿中央にあった高さ7.5mのユピテル神像の一部(頭部や足の部分)は、現在バルドー博物館で見ることができる。
フォーラムの北東の1辺には、クリアが面している。これは円柱に囲まれたタウン・ホールで、その反対側には211年に建てられたマーキュリー神殿がある。ここも今では円形に並ぶ8本の円柱の基部しか残っていない。
道を挟んだマーケットは、他の都市のものと同様、広場を囲むようにして3辺に小さな店が並んでいた。
マーケット隣の建物は、発掘されたモザイクからラビンスの家と呼ばれている。マーケットの西側には市民の住居跡が広がるが、ほとんど土台の部分しか残っていない。
2007.04.12 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
クサール
かつてのベルベル人の住居は非常に興味深い。例えば、マトマタ周辺の山肌に多く見られる穴居住宅。最初は敵から身を隠すためで、済む目的で洞窟が掘られたわけではなかった。しかし、短時間身を隠すだけでは済まなくなったとき、穴居住宅が誕生した。岩壁に作られた横穴を抜けると、立方体の中庭があり、さらに周りに高さ6~7mほどの横穴が掘られ、住居として利用されるようになった。
夏は強い太陽をさえぎり、冬は保温にすぐれていた。外側からは非常に見分けにくく、見えても自然の洞窟のようにしか見えなかった。クレーターのように見える穴の側面から横穴を掘り進めるこの穴居住宅は、マトマタのみで見られる特別な構造だ。また、タタウィンの周辺にはゴルファの集合体クサールが多く見られる。ゴルファとは、かつて穀物やオイル、ダットなどのドライフルーツや家畜の餌の乾草などを貯蔵すた倉庫のこと。クサールはその倉庫を何層にも高く造り上げたもので、外敵から身を守るための砦としての役割も果たしていた。クサールはまた、祭りや集会が行われる公共の場所としての役割も果たした、50年ほど前までは、実際に利用されていた。
2007.04.12 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
カルタゴ博物館(カルタゴ)
1890年に建設。アフリカ宣教会の神学校を改造した、白い建物が美しい博物館。チュニスのバルドー博物館には及ばないが、カルタゴからの出土品が充実。ビュルサの丘の頂上にあり、サン・ルイ教会の隣が入口になっている。
館内には英語の説明板もある
2007.04.12 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
アントニヌスの共同浴場(カルタゴ)
海を背景に建てられた広大な公共浴場で、2世紀にローマの五賢帝のひとり、アントニヌス・ビウス(在138~161)により建設された。
当時、建物は2階建てで、更衣室、温浴風呂、水風呂、サウナ、プール、噴水、談話室、トイレなど100を超える部屋がその2階部分に左右対称に配置されていた。壁にはフレスコ画、柱には彫刻、床には色鮮やかなモザイクが敷きつめられ、それは贅沢な造りだった。また、円柱や床などに使われた大理石は、遠くポン岬のエル・ハワリアなどから運ぱれていたという。
2007.04.12 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
ローマ人の住居(カルタゴ)
ローマ劇場の裏手には、ローマ時代の住宅地跡がある。海へ下る軸線上に整備された家並み、階段状に造られた土台など、当時かなりの都市設計がなされていたことがその様子からうかがえる
2007.04.12 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
コロセウム(エル・ジェム)
広大な大地にぽつりと建つ巨大な建造物。エル・ジェム唯一の、そして最大の見どころ、コロセウム(円形闘技場)では、ローマ時代に剣士の戦い、奴隷や罪人と猛獣との戦いなど、残忍な闘技が頻繁に行なわれていた。
今はすっかり砂漠化が進んだエル・ジェムでは、このそぴえ建つコロセウムだけが
目を引く建遺物であり、周りに何もない分、なおさらその巨大さが強調されている。
2006.11.11 観光資源に恵まれた快適な地中海リゾート
シシリー島の対岸チュニジ`アは、その昔地中海文明の拠点として栄えました。ここはアフリカ大陸の入り口です。 ローマに滅ぽされた地中海の覇者「カルタゴ」の遺跡、ローマ時代の浴場や円形闘技場の遺構、モザイク博物館が必見です。