株式会社コックス・アンド・キングス・ジャパン

旅は人生なり

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1960.10.26  私の初添乗 「香港の泣きどころ」に              泣いた私

『旅は人生なり』のブログを担当する
コックス・アンド・キングス・ジャパンの松井です。
今日は私の初添乗「香港の泣きどころ」に泣いた私を
お読み頂ければ幸甚です。

香港が英国から中国に返還されて、10年を迎える。

私が最初に香港を訪れたのが昭和40年(1965年)10月だから、
はや41年経った。当時もいまも自由貿易港としての地位を
維持している。

バブル景気に沸いた返還時の活況は、今どうなっているの
だろうか?

中国ではいま、上海などを中心にした経済発展が目覚ましい。
そうした中、観光客があこがれた香港が、今でも「東洋の真珠」と
呼ばれた輝きを守っていけるのだろうか。

今、私の仕事とは直接に関係していないが、"美味を求め"
"おしゃれを求め"香港を旅してみたいと考えている昨今である。
それにつけても香港の初添乗の思い出はいつまでも、消えない。

  集合写真.JPG


昭和40年10月のとある晴れた朝、インド航空のボーイング707の
機体が羽田からふわりと舞い上がったとき、私にとって初めての
添乗旅行が始まった。

ある有名な政治家の後援会の親善旅行として企画された
香港・台湾の5日間の旅である。

ところが今だから白状するが、実はこの旅行は私にとって
初めての海外旅行であった。緊張するなという方が無理である。
自分ではにこやかに自信にあふれた態度だったと思うのだが、
人から見ると堅くなって泣き出しそうな顔だったかもしれない。
時の流れがすべてを浄化して、あの時のことをなつかしく
思い出す。そしてあの時の気持ちはいまも大切にしている。
初心忘れるべからずである。

大型旅客機は着実に私たちを啓徳空港へと運んでくれた。
今も昔も香港は「買物天国」に違いないが、日本では輸入品が
とりわけ有難く思えたあの当時、弥?道や徳輪道の人ごみの中で、
ジョニ黒、オメガ、ワニ皮、ヒスイなど、初めて目にする
豪華な品々にキョロキョロし、本場物の中華料理を詰め込み、
百万ドルの夜景に満足してホテルに帰った一行、そんなお客様を
何とか無事案内し終わって「ああ良かった!」と安心した
私を待っていたものは、思いもよらない出来事だった。

日本人は一般にお風呂好きといわれる。
普段はあまり好きでない人でも、旅に出ると話は別である。
ツアーから戻ったとたん、どの部屋でも一斉にバスの蛇口をひねる。
ところが出てくるものは黄色く濁った水がチョロチョロという始末。
当然私の部屋の電話は鳴りっぱなし、ドアはひっきりなしのノック。
このクレームの殺到に初添乗で人一倍汗をかいた私の第一夜は、
黄色いお湯のお風呂さえ入れずに終わった。「香港の泣きどころ」の
水にたっぷり泣かされた。

ただ香港の名誉のために付け加えると、当時は水をタンカーで
中国から運んでいたのだが、今ではパイプライン輸送に変わり、
ダム工事も進行中とかで、そんな目にあうことももうないのだが、
あの夜の出来事は今も恨めしい。

投稿者 blog担当 (14:14) | PermaLink
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