株式会社コックス・アンド・キングス・ジャパン

旅は人生なり

旅は人生なり

2007.01.12  2007年!私と旅行業50年の歩み

旅は人生なりのブログを担当している海外旅行の手配はコックス・アンド・キングス・ジャパンの松井です。2007年の幕開けです。近頃の旅行業は大きく様変わりしました。

私がこの業界に入ったのは、昭和31年、英語の先生になりたかったのですが、とあることからから、神戸の旅行社に入りました。

当時はお客様を運ぶのは、主に3万トン位の客船で、神戸港から船で出航するお客様のお世話をしたものでした。

余り、自慢になる経歴ではありませんが、関西空港開港までの38年間の旅行業を振り返ってみました。この間の思い出や旅物語や旅行業との係わり徐々に投稿していこうと思っています。

興味を持たれましたら、続きを読んでください。  続く⇒

昭和31年(1956)㈱神戸旅行社 海外旅行部入社

昭和39年(1964)4月東京観光株式会社 海外旅行部入社

平成39年(1994)海外観光旅行自由化、東京オリンピック開催、

10月 東京~新大阪 新幹線開通 日本初の海外パッケージツア登場(スイス航空のプッシュ・ボタン)

昭和40年(1965)海外初添乗(人生は旅なりブログにて掲載)

昭和43年(1968)7月 団長(評論家秋山ちえこさん)副団長(生活評論家吉沢久子さん)のツアー添乗 「ジョンソン奥様使節団」

昭和44年(1969)4月東京観光航空株式会社 海外旅行部入社

昭和44年(1969)料理研究家・フラワーデザイン 「飯田美雪さんと共に」添乗

昭和45年(1970)8月料理家・田村魚菜 「魚菜学園味覚研修旅行団」添乗

 

昭和45年(1970)7月羽田~ホノルル間ジャンボ・ジェット機(B-747)初就航

昭和46年(1971)旅行業法の改正により「旅行斡旋業法」から「旅行業法」に変更

昭和46年(1971)8月 「全暦研海外視察旅行」全国の歴史の先生の団体旅行添乗

昭和47年(1972)日本人海外渡航者数初めて100万人の大台を突破、(円1ドル308円)

昭和47年(1972)7月一般旅行業取扱主任者認定(当時:運輸大臣佐々木秀也)

昭和48年(1973)5月㈱ローデムインターナショナル設立取締役就任

昭和48年(1973)第一次オイルショック 航空運賃値上げ去れ"狂乱物価"という新語が登場

昭和50年(1975)12月同社退職

昭和51年(1976)2月ウエルパインインターナショナル設立代表取締役就任

昭和52年(1977)ハワイ大学人類学教授のタキエ・スギヤマ・リブラさんが「仕事と家庭を両立(男に負けない)出世法」取材、雑誌紹介

昭和52年(1977)日本旅行業界初の東証、大証に上場(近畿日本ツーリスト)

昭和53年(1978)5月新東京国際空港開港

昭和54年(1979)第2次オイルショック 減速経済、低成長経済へ突入

昭和55年(1980)1月日本旅行業婦人の会発足発起人

昭和56年(1981)読売新聞 深尾 艶子さん取材「明日に生きる女たち」取材、

"人生は旅"の世話役、旅行業一筋の松井千枝子と紹介

昭和58年(1983)財界公論 「おんな経営者列伝」取材、"旅を愛する心を大切に"

昭和61年(1986)海外旅行者数 552万人

昭和62年(1987)海外旅行者数 683万人

昭和63年(1988)海外旅行者数 843万人

昭和64年(1989)海外旅行者数 966万人

平成元年(1989) 11月サザレトラベルワールド顧問就任

平成2年(1990) 9月㈱コックス・アンド・キングス・ジャパン設立

平成2年(1990) 海外旅行者数 1100万人 1000万台を突破

平成3年(1991) 湾岸戦争 これが最初に「国際的政治危機・紛争」の影響を考えさせられた

イラク航空の日本乗り入れは中止 旅行業は平和産業

平成3年(1991) 海外旅行者数 1064万人

平成4年(1992) 海外旅行者数 1179万人

平成5年(1993) 海外旅行者数 1193万人

平成6年(1994) 海外旅行者数 1358万人

平成6年(1994) 海外旅行者数1358万人(人気はバリ、グアム島)急速な円高

平成6年(1994) 関西国際空港開港

投稿者 blog担当 (12:44) | PermaLink
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