旅は人生なり
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2007.04.11 第3話 キチガイじみた戦争という名の皇帝ゲーム
旅は人生なりを担当するコックス・アンド・キングスの松井です。
出版社のお許しを頂いたので、私なりの解釈ですが、インドの一空港や、駅名を変えた【チャトラパティ・シヴァジー】さんについての第3話をお届けします。
第3話
キチガイじみた戦争という名の皇帝ゲーム
シヴァジーの父と母の兄弟は違う皇帝に仕えていて、お互いに、戦争をしていました。
父は当時ムガール帝国に代わってインドを支配していたニザム皇帝に仕えていました。
ある日、ニザム皇帝は父母の親族を法廷に呼び、そこで、義父(シバジーの母の父)を殺害しました。その場に居ながら何も出来ない自分を惨めに思い、ニザム皇帝に仕えている屈辱を味わい、ショックを受けたシヴァジーの父は
もはや、この皇帝に仕えることが出来ないと、軍の仕事をやめ、故郷ビジャプールに向かいました。
当時、その地区の支配していたモハマド・シャー・アディル帝は、シヴァジーの父・シャハジーがプーナに戻って来る事を良いとはしてはいませんでしたので、嫌がらせを受けました。
それらを予期していた彼は、管理下にあったシブネリ城砦に、親族のビジャイラオとヴィトージと信頼していた司令官だったダダ・コンド・デブに妊娠中の妻を託した。
彼らはシヴァジーの父・シャハジー不在中、妊娠中の奥様のお世話をしていました。
そんな状態の中で皆が、待ちに待って、祈っていた日がやってきました。
1630年2月19日に、男の子が生まれたというニュースは、シャハジーに送られましたが、戦争下、すぐに戻ることが許されませんでした。
周りの人は、この男の子はシバ神の化身であると喜びました。闘いにも勝ち、子供に恵まれたシャハジーの凱旋は,それは、それは華やかなものでした。そんなお祝いが数日間続いていましたが、その間シャハジーは息子の顔に、幾度も、幾度もキスをし、このシバ神の化身であるわが子に、色んな願いと希望を託していました。
丁度そのころ、インド南部が騒々しくなり、皇帝シャー・ジャハーン(有名なタージ
マハル廟を愛妻ムムタージに贈ったことで知られるムガール皇帝)この機自分の勢力を南に拡大しようと試みていました。
有能な司令官をおく必要があり、シャハジーは呼び出され、結果としてシャハジーは。シャー・ジャハーンに仕えることになったのです。アグラの近くファテプールシクリはムガール帝国の栄光の都とし、1526年に開祖バーブルにより都とされ、一時デリーにその座を奪われるも再び遷都され、第5代シャー・ジャハーンの時代に絶頂期を迎えました。
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